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小説ばらえてぃ。

小説ばらえてぃ。

キミとの約束(2)

「そそそそー君!?何やってんだよ!」
「・・・・・ぐっ」
コウとキョウがあ然としているなか、蒼介は苦しそうに身をよじっている夏華をただただ静かに見つめていた。
「・・・夕貴おねえちゃんの敵は、僕の敵・・・」
「・・・嘘ォ、や、やめてっ・・・!」
そして蒼介は無表情のまま、また引き金を引こうとした。それに気づいた2人は、必死で蒼介を後ろからがんじがらめにする。
「おい、そー君、ちょっ・・・仲間撃つなよ!コウも全力で止めろっ!」
「待てそー君!撃つな撃つな撃つなっ」
「どうしてこうなっちゃったんだよっ・・・くそっ!」
するとキョウが何か思いついた。
「・・・なぁコウ、人を失神させる方法って、なんだっけ」
「は?・・・えっと、首の後ろ叩くとかって、漫画で読んだことある・・・」
「それだっ!!!」
キョウはすぐ行動に出た。一瞬の隙をついて蒼介の首の後ろを叩く。すると、蒼介の体はふっと力を失い、倒れた。それをコウが急いで受け止める。
「「やった、なんとかセーフ・・・」」
2人は一息つき、夏華のほうへ振り返ろうとした。
「夏華ちゃん、大丈夫っ・・・」

コウ・キョウが夏華を見るのと、辺りに銃声が響いたのは、ほぼ一緒だった。

「え」「何が・・・」
夏華の体がゆっくり前に崩れてゆく。彼女の胸から飛び散った血が、周りを紅く、紅く染めていく。
「なつかちゃん・・・?」「マジかよ、これっ・・・」
2人はふらふらした足つきで、彼女のそばに寄る。
彼女の胸は、銃弾が貫通していて穴が開いている。そこから尋常じゃないくらいの量の血が溢れ出す。彼女の顔は青白く、目を大きく見開いていた。
「息、してないよ・・・」
コウが絶望的な声で呟く。初めて見る人の死に顔に、ぞっと、恐怖を覚えた。
「誰が・・・撃ったんだよ」
「おれじゃない・・・おれじゃないよ!」
「んな事わかってるよっ!・・・でも、そー君でもないし・・・」
蒼介は未だに失神したままだ。蒼介はまずありえない。
「じゃあ誰が・・・・・ん、キョウ?」
「・・・コウ、あああ、あれっ・・・・・!!!」
キョウはその『犯人』に気づき、震えだした。コウもゆっくりと、キョウの視線を追う。
5メートルくらい先に、敵が、立っていた。暗闇にまぎれ、右手には銃をかまえ、こちらをずっと見据えている。なぜか肌の色は、普通の人間と同じ、肌色ではない。しかも胸には・・・大きな風穴が開いていた。
「お、おかしいだろ・・・なんで胸に風穴開いてるヤツが生きてるんだよ」
「・・・・・逃げろっ!マジで殺られるっ!」

「ねえ、ここってトイレないの?」
相変わらず何もない所を歩き回っている三人はあげはの声に足を止めた。
拓弥が呆れた顔であげはを見る。
「あの中ならあるんじゃないですか?」
志乃が指差した方向には、つい最近出来たばかりの大型スーパーがあった。
・・・と言っても、この世界では三十年前の建物になってしまうのだが。
「じゃ、行こっ」
再びあげはが先頭を切って歩き始めた。

5メートル先に見える敵の姿に、思わず二人の体が固まる。
「やばいよ・・・」
額からは嫌な汗が流れてくる。
敵は二人に近づこうとせずに、ただじっとこちらを見ている。
「・・・逃げなきゃ」
恐怖のせいなのか、まだ体が動かない。まるで、金縛りにでもあったようにただその場に立っていることしかできない。

「でも、何でここだけ綺麗に残っているんでしょうね」
スーパーの入り口までやってきた三人は不思議そうに眺めている。
「もしかしたら、中には食料とか洋服とかもあるんじゃない?」
ただ一人、あげはだけは三十年前の世界と全く変わらないこの建物を嬉しそうに眺めていた。そんなあげはを拓弥はキツク睨む。
「さっさとトイレに行けよ」
あげはの表情は一瞬だけ曇ったが、またすぐにいつも笑顔で志乃の腕を掴んだ。
「じゃ、志乃ちゃん行こっ」
「え、私も行くんですか?」
「だって、トイレで敵に会っちゃったら怖いじゃん」
「トイレなんかに敵がいるわけねぇだろ」
「でも、もしいたらどうする?私、一人じゃ戦えないよ?」
拓弥はまたあげはを睨む。しかしあげはは怯むことなく続けた。
「その時は拓ちゃん、助けに来てくれるの?」


一瞬の沈黙が訪れる。拓弥は表情を変えずに言い放つ。
「さあな」
その言葉に傷ついたのは志乃の方だった。傷ついた、というよりも、あげはが哀れで仕方がなかったのだ。志乃にも愁吾という最愛のボーイフレンドがいて、もしもその彼にこんな言葉を放られたら、自分はその場で泣き出してしまうだろう。それを思うと、志乃は黙っていることができなかった。
「そんな言い方ないでしょう!あげはさんはこんなに拓弥さんのこと好きなのに、どうしてそんなに冷たくできるんですか」
拓弥は志乃の方を向き、静かに言う。
「お前には関係ないだろう。それに、こいつがおれのことを好きだろうが、なんだろうが関係ねえ。おれは」
あげはは不安そうに拓弥を見つめる。その眼は既に、涙で一杯だった。
「おれは、こいつのことをなんとも思ってないんだからな」
それを聞いた瞬間、あげはが流れる涙を拭いながら走って行ってしまった。
「あげはさん!」
拓弥はあげはの後姿を見ようともしない。その非情な男の姿に志乃は怒りを抑えきれず、拓弥の右頬を思いきり手の平で叩いた。パンっと、皮膚のはち切れるような痛々しい音が鳴り響く。
「最低だよ、あなた」
志乃もあげはを追って走り出す。俊平は、使われなくなったエスカレーターの手すりに寄りかかりながら一部始終を傍観していた。
「大丈夫ですか」
拓弥は不機嫌そうに煙草に火をつける。
「志乃さんは怒らせないほうがいいですね。今の平手打ちは効いたでしょう」
「ああ。まあ当然だよな・・・女泣かせるのなんて、男のやることじゃないもんな」
さっきとは雰囲気の違う拓弥を俊平は不思議に思った。そして、煙草の煙の中で拓弥がぼそりと呟いた。
「・・・おれって最低だな」

コウ、キョウは立ち尽くしていた。前方に見える、恐怖の塊のような敵に身動きがとれない。ふと、二人の視界が曇りだした。
「霧・・・?」
霧が立ち込めてきたのだ。微細な冷たさが体にまとわりついて、霧は深さを増していった。やがて、敵の姿を確認することができなくなった。金縛りのような硬直が解けたのか、コウが叫ぶ。
「キョウ、逃げるぞ!霧が晴れないうちに」
キョウはわかった、と蒼介を抱え逃げ出した。霧はまだまだ深さを増していく。

ここはどこだろう・・・森の中?暗闇のせいで何が何処にあるのか全くわからない。
ただ、前方を人影らしきものが走っているのだけはわかる。
その影が突然止まり、振り向いた。
「大丈夫?蒼介くん」
夕貴・・・おねえちゃん?
「夕貴おねえちゃん!生きてたんだねっ!」
「何言ってるの、蒼介くん」
夕貴おねえちゃんは微笑んだ。
「私が生きてるんじゃなくテ、蒼介クンガ、死ンダンデショ・・・?」

「ぅうわあああああぁぁぁぁっ!!!」
耳を貫くぐらいの叫び声をあげ、蒼介は目を覚ました。
「・・・うわっ、そー君!?しーっ!静かに!」
「・・・・・あれ、コウ?」
「喋らないで、今敵から逃げてる最中なんだから」
「え?ご、ごめん」
よく見ると、蒼介はコウにおんぶされながら移動していた。
「コウ、降ろして。おれ一人で走れるよ。別に怪我してるわけじゃないん・・・」
「ダメダメダメっ!!!」
蒼介が言い切る前に、キョウが怒鳴った。
「1人にしたらまた何するかわからないし!コウ、降ろすなよ!」
「えー、俺さー、女のコしかおんぶとかしたくないんだけど」
「えぇーい、うるさいっ!じゃないとそー君、また仲間撃つかもよ!」
「それはちょっと勘弁」
「え?それ・・・何のコト?」
「・・・そー君、覚えてないの!?」
「だから、何のことって聞いてるんだよ」
「・・・・・・はぁ」
コウ・キョウは深いため息をついた。
「まぁいいや、説明はあと!今はこの霧利用して逃げるのが先っ!!!」

「拓弥さん、あなたもしかして・・・」
「あぁ」
俊平は拓弥の『何か』に気づいたが、あえてその先は続けなかった。
「大変ですね、あなたも・・・」
俊平は拓弥に背を向けた。その瞬間、
             銃声が、響いた。
「拓弥さんっ!!!」
「っつ・・・」
俊平は慌てて拓弥のほうに向き直した。
拓弥の肩を、弾がかすっていた。

「大丈夫ですか?」
薄暗い店内の中で蹲るあげはに志乃が声を掛けた。
「志乃ちゃん・・・」
振り返ったあげはの目には大粒の涙が溢れている。そんな彼女に何と声を掛けてあげればいいのか志乃には分からない。
「私ね、今まで一回も拓ちゃんに好きって言ってもらったことがないの」
志乃はゆっくりあげはに近づき、そして彼女の横に並ぶ。
「最初はね、照れ屋だから言ってくれないのかと思ってた。でも、この世界に来て分かったの。拓ちゃんが私に好きって言ってくれないのは、きっと・・・」
そこまで言い掛けて、あげはは何かが崩れるように泣き出してしまった。
こんな時に何も言うことが出来ない自分とこんなにもあげはを苦しめる拓弥に腹が立つ。
「全部、全部私からだったの。先に好きになったのも、告ったのも・・・全部、私からだったの。だから・・・だからっ」
今の志乃には、黙ってあげはの背中を優しく擦ることしかできない。

それからかなり走って、ようやく視界が晴れてきた。
後ろを振り返ってみるとさっきまでの霧が嘘のようにすっかり消えている。そして、あの敵の姿も。
「もういいだろ、降ろせよ」
疲れてしまったのか、コウは投げ捨てるように蒼介を降ろした。
「おい、なに降ろしてるんだよ!」
「だってもう限界だもん」
ようやく自分の足で立った蒼介は二人の服の所々が赤く染まっているのに気付く。
「お前等、怪我してんの?」
「怪我?してないよ」
「だって血・・・」
「あぁ、多分これは敵のと、それから夏華ちゃんの・・・」
そこまで言いかけたキョウは慌てたように口を閉じた。
「夏華の・・・?」
「もう言っちゃおうよ。夏華ちゃんのことも、そー君が壊れたことも」
隣に座っていたコウが面倒臭そうに言う。
「分かったよ。じゃ、そー君よく聞いててね」

「大丈夫ですか!?」
拓弥の肩からは、真っ赤な血が一筋に流れている。
俊平は慌てて辺りを見渡すが、敵らしき人影はどこにもない。
「いない・・・?」
「・・・おい」
肩を抑えながら、拓弥が俊平を呼んだ。
「敵はそっちじゃない」
「え?」
「あっちの入り口から、この中に、入ったんだよ」
「じゃ・・・」
「あいつ等が危ないっ・・・」

「でも、拓弥さんだって・・・」
「こんな傷どうでもいいんだよ!」
拓弥は肩を抑えながら敵の向かった方へ走り出した。俊平も後に続く。その時、小さく聞こえた拓弥の焦り声を俊平は聞き逃さなかった。痛みで急速に上がる息。とっさにそれは拓弥の口から出てしまった。
「あげは」
俊平はその言葉をしっかり記憶した。

「拓ちゃんはずっと思っていたのかな」
あげはが涙で腫れた眼をこすりながら言った。
「え」
「ずっと、ずっとあげはのことが嫌いだったのかな。だとしたら、あげはは最低な女だね。嫌われているのに気づかないでまとわりついて」
志乃は何も言えなかった。恐らく、そうであると思ったからだ。拓弥の態度にあげはを思いやる気持ちは微塵も感じない。初めから、あげはのことを嫌っていたとしか思えない。
あげはは枯れきった声で続けた。
「昔はすごく優しくて、よく笑っていた。でも、拓ちゃんの歌がたくさんの人に聴かれるようになってから一変した。拓ちゃんはどんどん笑わなくなって、昔みたいな歌は歌えなくなったの。でも、あげははずっと拓ちゃんが・・・」
その時だった。敵が志乃とあげはの目の前に現れたのは。敵は銃を持っていて、目はあげはを狙っている。志乃はそれに気づき、あげはを突き飛ばそうとしたが。
「あげはさん!」
「いやああああ!!」
あげはは錯乱し、その場から動けない。銃口があげはの額に向けられる。志乃はナイフを取り出して敵の腕に突き立てた。しかし、敵の動きは鈍ることさえない。
「あげはさん!逃げて!!」


血が宙を舞った。志乃の顔に少しだけ、赤黒い液体が飛び散った。敵の腹部から血が噴出している。目の前にいたあげはの可愛らしい服は、瞬く間に赤くなった。全身に血を浴びながら、放心状態である。志乃は敵の背後に立つ2つの影を恐る恐る見た。
「拓弥さん、俊平さん・・」
銃を構えていたのは拓弥だった。右肩が血で濡れていた。痛みで震える右手は敵をしっかりと捕らえている。
「くそ、肩に穴なんか開いてなけりゃ・・・」
俊平が志乃の元へ走ってきた。
「大丈夫ですか、志乃さん」

あげははまだ目の前の状況がうまく理解出来ず、ただただ呆然としている。
すると突然、後ろから誰かに腕を引っ張られた。
「きゃっ!」
「あげはっ、あげは!・・・大丈夫か!?」
「た、拓ちゃん!?え、うん、あげはは無事・・・」
「そうか、良かった・・・」
するとあげはは拓弥に後ろから抱きしめられた。突然のことにあげはは戸惑い、心拍数も一気に上がりだす。顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。こんな彼の行動は、初めてだ。
「え、え、拓ちゃん・・・どうしたの?」
「ごめんな」
そう小さく呟き、拓弥はあげはから離れていった。その言葉の意味がわからず、あげははただ戸惑うだけだった。
すると志乃が拓弥の怪我に気づいた。
「拓弥さん、それ、どうしたんですか!?血が・・・」
「・・・?あぁ、これか。こんなの、唾つけときゃ治るだろ」
「肩に穴開いてるのに、唾だけで治るわけないじゃないですか!」
「冗談だよ。でも、ほんとに平気」
拓弥は苦笑を浮かべながらそう言った。だが、それをあげはが諌める。
「平気なわけないじゃん!こっちきて!応急処置ぐらいなら出来るから!」
「・・・・・」
「早く!」
拓弥は諦め、あげはに従った。あげはは素早く手当てにかかる。
「・・・ごめんな、迷惑かけて」
「え、こんなの余裕だよ?だって、あげはは未来のナイチンゲールだもん」
「・・・そうだな」
拓弥は一瞬、微笑んだ。
処置が済んだあと、俊平がある事に気づいた。
「思ったんですけど・・・あの、蒼介さんたちは・・・現在の僕らの居場所、わかるんですか?」
「「「あっ、そういえば・・・」」」
今まで忘れていたが、行き先を告げなければ、当然3人は志乃たちのあとを追ってこれない。それでは一旦別れた意味がない。
「・・・引き返すか・・・」
「そう、ですね」
夜が、空を包んだ。

「夕貴お姉ちゃん?」
「うん。そー君、壊れる間ずっと言ってたよ」
今まで起きた全てのことを聞き終えた蒼介は、深い溜息を吐いた。
「覚えてないの?」
「・・・うん」
心配そうな顔で蒼介を見つめるコウの隣で、キョウは無意識のうちに持ってきてしまった夏華の鞄の中を興味深そうに見ている。
「てかさ、夕貴って誰?」」
「え?」
「女の人でしょ?・・・あ、そー君の彼女だったり?」
「違っ・・・」
「そー君、彼女なのにお姉ちゃんって呼んでるんだ。意外ー」
「だから違うって」
「隠さなくてもいいじゃん」

「違うって言ってるんだろっ」

突然、蒼介の顔が変わった。
怒っているような、でもどこか寂しそうな目でコウを睨みつける。
「そんなこと、お前には関係ないだろ!」
あまりの迫力に、コウは黙り込む。
「もう二度とその名前を言うなよ」
「ごめん・・・」
しばらくの間、沈黙が続いた。

「仲直り、できたみたいですね」
目の前で手を繋ぎながら歩くあげはと拓弥を見て、俊平が微笑む。
「そうですね」
数十分前とは全く別人のようにあげはに接する拓弥を見て、志乃の心が痛み出す。
「辛い時、寂しい時、弱ってる時、いつも誰かが側にいるって幸せなことですよね」
俊平は穏やかな口調で話し始める。
「大切な人を守るためなら、自分がどうなっても構わない。そんな風に思える拓弥さんは本当に」
そこまで言いかけた俊平は、ようやく志乃の異変に気付いた。
「志乃さん?」

いつの間にか、志乃の目には大粒の涙が溜まっていた。
「愁悟・・・」

ねぇ、どうしよう。
すごく、すごく愁悟に逢いたいよ。

俊平は志乃の背中をそっと擦ってやった。
「志乃さん、大丈夫ですか」
「大丈夫です。ちょっと・・・ここへ来る前のこと思い出しちゃって」
「ここへ来る前・・・」
そこで志乃は気がついた。俊平には、ここへ来る以前の記憶がないのだ。俊平の表情が曇った。志乃は慌てて自分の軽率な発言について謝罪した。
「ごめんなさい。俊平さんの気持ちも考えずに」
俊平は気にしないでください、と寂しげな笑顔で答えた。
志乃は考えた。記憶がないというのは、はたしてどんな気持ちなのだろうか。心に埋めたくても埋めようのない空白を常に抱え、存在自体が宙ぶらりんな状態。自分が今までどんな生き方をしてきたのか、どんな人と関わってきたのか、全てがすっかり自分の中から欠如している。俊平はそんな不安定な精神状態で、この状況に立たされているのだ。
「俊平さん、本当に何も覚えていないんですか?」
俊平は志乃と目を合わせずに言う。
「・・・ごめんなさい。僕は1つだけ嘘をついていました」
「・・・」
「僕には兄がいるんです。きっと、兄が僕の記憶を持っている」
「え?」

「なんだ、これ?」
夏華の鞄の中を物色していたキョウが声を上げた。蒼介とコウがキョウの持っている小さなノートを見る。手の平サイズの小さなノートだ。しかし、いやに汚い。表紙は黒ずみ、描かれているファンシーな兎のキャラクターは見るも無残に塗りつぶされている。裏には、不気味な赤黒い染みもあった。思わずコウが悲鳴を漏らす。
「うわ、汚ねえノートだな。これ本当に夏華ちゃんのかよ」
「そうなんだろ。ほら、『なつか』って名前があるじゃん」
よく見ると、裏にその名前があった。蒼介がノートを開いてみる。1枚だけ写真が挟まっていた。そこには、数人の少女たちと楽しそうに写る夏華の笑顔があった。顔が少し幼く見える。中学生の頃の写真だろうか。
文章がびっしりと埋め尽くされたページたち。そのノートには日記が綴られていた。
最初の方は中学生の時の日記らしい。昔の夏華を知らない蒼介たちにも、当時の楽しい日の姿がありありと浮かぶ文章だ。
しかし、それはほんの2、3ページの話だった。1枚だけページを空けた5ページ目、高校に入学してからの彼女の姿を見つけた。
「え?」
そこには深い悲しみと冷たい憎悪、痛々しい傷痕だけが記されていた。


●月14日 カオルとナナミと朝から遊んだ!夜はカオルん家にお泊り☆楽しかった。また行きたいなぁ~
●月25日 卒業式…みんなと別れるのは寂しいよ。でも、来月から高校生活が始まる!気持ち切り替えなきゃね。
●月7日  入学式。早くみんなと仲良くなりたい☆目指せ友達100万人!なんてね。頑張れ夏華!
●月16日 クラスメートが泣いてた・・・。なんか理由はよくわからないけど、私のせいっぽいなぁ;明日謝ろう。

●月28日 ついにクラスでいじめが始まった。標的は私。みんなが私をシカトする。靴も隠されたし、頭から水かけられた。なんで?私、悪いことなんてしてないのに。
●月19日 みんな嫌い。この世から消えればいいのに。
●月22日 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
●月5日  もう学校行くのやめた。あんな奴らの顔なんか見たくない。
●月12日 学校行かなくなって1週間。つまんなくて苦しいから、手首切った。血が綺麗。
●月29日 久しぶりに学校行ったら、机に菊の花があった。・・・みんなが死ねばいいんだ。耐えらんなくて、また切った。

「・・・夏華ちゃん」
「ひどいな・・・女の子ってこんなこともすんのかよ」
コウとキョウはただただ日記の内容に驚いていた。
「ありえないよ・・・」
蒼介はもうこの世にはいない少女に、そっと同情の涙を流した。
人間というのは、なぜささいなことから大きな悲劇を生み出そうとするのだろう。こんなことが過去にあったなら、性格が屈折してしまうのも無理はない。
「・・・おれ、続き読もぉーっと」
キョウはなんとかこの重苦しい空気をなくそうとわざと明るめな口調で言ったが、それは無意味に等しかった。
2人が黙っている間、キョウは日記をぱらぱらめくって読んでいた。
すると突然キョウの顔色が変わった。
「コウ!・・・これ」
「・・・何」
コウは日記をのぞきこんだ。するとコウの顔も変わった。
「どう・・・いうことだ?」
「なんだよ、二人して」
蒼介は日記を見ようと、キョウからノートを奪った。
「待って!そー君は見ちゃだめっ・・・!」
「どれどれ・・・」

●月10日 お兄ちゃんが何十年か前に突然失踪した理由が、今になって、親の会話が偶然聞こえてわかった。夕貴って人を殺して、逃走してるんだって。

沈黙が、ひろがった。

その文字を見た蒼介の顔は真っ青になったが、またすぐに次のページを捲った。

●月18日 夕貴って人のお母さんがうちに来た。部屋で勉強してたら、聞こえちゃった。夕貴って人、男の子を守ろうとして刺されちゃったんだって。
●月25日 お兄ちゃんから手紙が来た。だけど、お母さん達には、このこと言ってない。まだ秘密にしとく。
●月31日 手紙にお兄ちゃんの住所が書いてあったから、明日そこに行く。

「もう、やめようよ」
コウが蒼介から日記を取り上げた。
「人の日記を見るなんて、よくないことだよ」
蒼介はじっと固まったまま動かない。
「そー君・・・」
キョウが心配そうな顔で蒼介の顔を覗き込む。
「こいつの兄貴が・・・犯人なんだ」
小さな、でもはっきりと聞こえる声で蒼介が呟いた。

「・・・そーくん、やっぱり続きを見てみようか」
キョウが蒼介の様子をみて言った。確かに、他人の日記をみるなんて良くないことではある。しかし、きっと蒼介にとってもこの先に記されていることは大事なことなのだろう。
蒼介は小さく頷いた。

●月1日 結局、手紙に書かれている場所には行かなかった。お母さんにバレそうになったから。
●月3日 またお兄ちゃんから手紙が来た。今度は、“もう1人の犯人”のことについて書いてあった。夕貴っていう人を殺したのは、お兄ちゃんの他にもう一人。

「もう1人?」
コウが不思議そうに言った。どうやら、あの事件の犯人は2人だったらしい。夏華の兄ともう1人。一体、誰なのだろう。
「もう、いいよ」
「え」
蒼介がキョウに優しく、寂しそうに言った。
「いいのかよ。もう一人の犯人のことも書いてあるかもしれないぜ」
コウがもったいなさそうに蒼介をこづいた。
「いいんだ。もうこれで十分だよ。犯人がわかったって今のこの状況じゃどうしようもない。それに」
「それに?」
「今は志乃たちに会わなくちゃ」
蒼介は笑ってみせた。数時間ぶりに見る蒼介の笑顔。キョウもコウも少し安心したようにうん、と言って笑った。いろいろ考えた結果、夏華の持ち物はそこへ置いていくことにした。もちろん、日記も一緒に。
「行こう」
3人はその場を離れた。夜が終わろうとしている。もうすぐ、暗闇の奥から光が差し込むだろう。
夏華の日記の続きにはこう書かれていた。

●月10日 “もう1人の犯人”がわかった。お兄ちゃんの高校の同級生。弟は芸能人らしい。誰かは、まだわからないけれど。

8人は、どこかで密かな繋がりをみせはじめた。


「つーか、もうすぐ夜が明けちゃうよー」
「なんか眠くなってきた・・・」
「もう歩きたくねぇー」
コウとキョウはふらふら歩きながら、子供みたいにだだをこね始めた。
「そりゃまあ・・・あんだけ重い銃使ってたら、嫌でも疲れると思うけど・・・あ、コウ、キョウ!座り込むな!」
「だってぇー」
蒼介はため息をついたあと、少し周りを見回した。辺りには、敵はもちろんのこと、ヒトの影すら見当たらない。
「このままうろちょろするのも無駄だし、ここでちょっと睡眠とるか?」
「わお、そー君名案!じゃあおやすみー」
すると2人はその場にどっと倒れた。もうかすかに寝息が聞こえている。
「早っ・・・まあいいか。俺も寝よ・・・」
蒼介も砂にまみれた地面に横になり、そっと目を閉じた。まぶたの深い深い闇の奥に、両親の暖かい懐かしい笑顔が映っている。
蒼介は眠りに落ちる瞬間、うっすらと考えた。

なぜ31年後の世界はこんな風になってしまったのか。
なぜ死んだはずの敵が甦ったのか。
8人をここに連れてきたのは本当に「神」なのか。
ここが本当に31年後なら、31年後の俺たちもいるはずなんじゃないのか・・・

そう考えた瞬間、意識のスイッチがぷっつりと切れた。


「それって、どういう意味ですか?」
初めて俊平の視線が志乃に向けられる。
その時、なぜか志乃は胸の奥に込み上げてくる何かを感じた。
「お兄さんが俊平さんの記憶を持っているって」
「それは僕にも」
俊平が言い掛けたのと同時に、前からあげはの悲鳴が聞こえてきた。
二人は慌てて視線を移す。

暗闇の中に、大きな影が見えた。
その影が敵だと志乃が気付いた瞬間、急に視界が真っ暗になった。

「あげはさん!?」
大きな声であげはの名前を呼ぶ志乃の声が、暗闇に吸い込まれていく。
「拓弥さ・・・ん、俊平さ・・・」
だんだん体が重くなっていくのを感じる。
「みんなっ・・・どこ・・・?」
そして、そのまま意識はなくなった。

気がつけば、空は真っ青な青空に変わっていた。
どうやら朝になったらしい。
痛みを感じる左腕を抑えながら、志乃はゆっくり起き上がった。少し離れた所に、俊平と拓弥もいる。
志乃は冷たい空気を吸いながら、昨日のことを思い出そうとしてみた。が、なぜかうまく思い出すことができない。

「・・・あれ?」
志乃は再び辺りを見渡してみた。が、いるのは拓弥と俊平だけで
「あげはさんが・・・いない」

志乃は急いで拓弥の体を揺り動かす。
「拓弥さん、起きて!あげはさんが・・・」
「ん・・・あげは?」
拓弥が目を覚ます。そして、拓弥は辺りを一心不乱に探し出した。しかし、あげははどこにも見当たらない。志乃も一緒になって探し回る。
「あげはさん!返事をしてください!」
「あげはっ!早く出て来いよ!」
返事は無く、見渡す限り無人の崩れた町並み。俊平が晴れない頭を振った。ふと気づくと地面に赤い液体がぽたぽたと垂れてきている。その赤いものは絶えず頭上から降り注ぎ、もう俊平のすぐ見の前は赤い水溜りと化していた。俊平は上を見上げる。
「あげはさん・・・」


ここはどこだろう。蒼介は一人で学校を彷徨っていた。しかし、その学校はとても綺麗で崩れた箇所など一つもない。まるで、31年前へ戻ってきたようだった。
『蒼介』
蒼介が後ろ振り向く。
『あ』
そこには小さな少女が立っていた。つばの広い帽子を深くかぶり、顔はよく見えなかったが年齢は7、8歳くらいだろうか。声がまだ幼かった。
どこかで聞いたような声。懐かしいような、久しぶりのような・・・
『きみは誰?』
『いいの?こんなところでゆっくりしてて』
『え?』
『早くしないと、あなたの大事なものが消えちゃうんだから』
蒼介の中で志乃の顔が浮かぶ。そうだ。こんなところでこんなことをしている暇などない。
『戻らなきゃ』
地面が崩れだす。深く、漆黒の闇に落ちてゆく。蒼介は少女のいる場所からどんどんと遠く落下していった。
危ない、と思った瞬間に目が覚め隣にはコウとキョウが寝息を立てていた。
「夢?」


俊平は上をただ呆然と、そして状況がうまく飲み込めないというような表情で見つめていた。
「俊平さんっ、どうしましたか!?」
「あげはが見つかったのかっ」
「志乃さん、拓弥さん・・・あれは、もしかして・・・」
「あれ、って?」
志乃と拓弥も俊平の目線を追った。

そこには、砂埃だらけの電線らしきものに引っかかってぶら下がっている、全身が真っ赤に染まった何かの物体があった。

「何、あれ・・・」
「・・・あげはさんかもしれない」
「ふざけんな!なんでそうなるんだよっ!!!」
拓弥は俊平の頬を思い切り殴り、俊平は大きく後ろに吹っ飛んだ。
それに腹を立てたのか、俊平はついに怒った口調で拓弥に掴みかかった。

「すぐそうやって人に手を出す癖は直らないんですか!?ほら、よく見てくださいよ!あの物体が着ている服はあげはさんが着ていた服と同じじゃないですか!僕はそれに気づいたから言ったんです!」
たしかにその物体は真っ赤になっているので判別はしづらいが、あげはが着ていたファー付きのコートと同じような布を身にまとっている。

「じゃあお前はあげはが殺されて死んであそこにぶら下げられたって言いたいのかよ!あぁ!?」
「殺されて死んだとは言ってないじゃないですか!!」
「もうやめてください!!」
ついに二人の間に志乃が入って止めにかかった。しかし、まだ俊平と拓弥は睨みあっていた。それに気づいた志乃は二人の頬を叩いた。
「何ケンカしてるんですか!今は一刻も早くあれがあげはさんなのか確かめるべきなんじゃないですか!?冷静になってくださいよ」
「・・・・・」
まだ納得はいかないようだがとりあえず志乃の意見が正論なことは確かである。
二人はいやいや協力してその物体をなんとか地面に引きずりおろした。
そして血で汚れた顔を志乃がハンカチでふき、それが何なのか三人で確認する。

それは、まぎれもなく、あげはだった。


「あげは・・・」
かすれた声で拓弥があげはを呼ぶ。
「おい、あげは。あげはっ」
何度呼んでみても、あげはは目を開けない。
「起きろよ」
あげはを呼ぶ拓弥の声が、どんどん小さくなっていく。
「息、してるんですか?」
隣にいた俊平が小さな声で尋ねた。
志乃はそっとあげはの口元に手を当ててみた。
「・・・してないです」
「じゃあ、あげはさんは」

その空間には、拓弥の鳴き声だけが聞こえていた。

「おい、行くぞ」
寝ているコウとキョウをたたき起こしながら蒼介が言った。
「もう?俺、ちょっとしか寝てないよ」
眠たそうな目を擦りながら、コウが起き上がった。
「いいから。早く志乃達を探さなきゃ」
「もうちょっと寝てからにしようよ」
「駄目」
「何で?」
「早くしないと、志乃が消えちゃうから」
「は?」
「いいから、行くぞ」
蒼介は起き上がったばかりの二人を引きずるようにして歩き出した。






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